特に球技では、アメフトやラグビーなど1部のスポーツを除くと筋力トレーニング(ウエイトトレーニング)は、以前より完全に否定されることは少なくなってきたようにも思いますが、まだまだ否定的な意見を聞くことがあります。
ただ、その否定的な意見の内容は、以前のように「昔はやっていなかった・自分がやったことがない」というような不条理な理由ではなく、筋力トレーニングのメリットを理解しつつも完全には受け入れられないという微妙な空気が今の状況のように思えます。
自分の好きなスポーツが変わることに対する抵抗感?
現在、スポーツを自分でしている、観戦を楽しまれているかに関わらず、筋力トレーニングをしている(してそう)選手で真っ先に思い浮かぶの大谷選手、ダルビッシュ選手に代表されるメジャーリーグの選手達ではないでしょうか?(山本選手など1部の選手はやっていないようですが、今回の話の内容とはズレるので触れないでおきます)
凄いことは分かるけれど・・・
筋力トレーニングの成果のイメージとして分かりやすいのが球速の変化でしょうか?
球速が上がったのは筋力トレーニングだけが理由ではないはずですが、投手の球速は140km/h後半だったら十分に速球で、150km台だと凄いという時代から、今では160km/h台にその基準は上がっています。
道具も変わってゴルフの飛距離も伸びたけれど
ゴルフではドライバーの飛距離が伸びています。
ゴルファーも筋力トレーニングを取り入れているプロが増えたことと合わせて、道具もクラブやボールが変化することでドライバーの飛距離が伸びています。
性能(数字)が上がることと面白さは必ずしも一致しない
筋力トレーニングなどのトレーニングによる身体能力の向上と、競技によっては道具の進化によって数字だけを比較すると競技のレベルは上がっているはずです。だた、進化をおった結果としてそれはそれぞれのスポーツが持っていた面白さのポイントを変えてしまうような時代に入っているのではないでしょうか?
性能ではなくワザや駆け引きをもっとみたい(自分を重ね合わせられる)
私もですが面白いと思う感覚は、よくも悪くも都合が良いところがあります。
投手が投げる160km/hのボール、300ヤードを超えるドライバーショット、どれも凄いと思います。
ただ、ゲーム性が楽しい球技は、単純に速い、遠くに投げることを競い成績に直結する陸上競技のようなスポーツとの楽しさや面白い感じる部分に違いがあります。単純な速さも最初はインパクトがあるかもしれませんが、長い間そのスポーツをみてきた人がやっぱり面白いと感じるのは、そのスポーツ特有の細かいテクニックや駆け引きどではないでしょうか?
あまりに速いと、そのワザや駆け引きが入る余地が少なくなり、特に一般の人には分かりずらくなってしまう。
ゴルフの場合はまずは飛ばさないと不利になるのが顕著になってきているようです。
何年も前に車やバイクの世界は既にそのようになっていました
道具の変化が与える影響が大きいモータースポーツでは、何年も前から性能の向上が必ずしも観戦する側の面白さには繋がっていないことが言われていました。
そして競争の世界ではない、私達が普段のる車やバイクでも同様なことがおきています。
80年代位までの車だと、高速道路の坂道では乗用車でさえ速度を維持するのが難しい車もありました。だからドライバーは失速しないように適切にアクセルの操作はもちろんギヤを選んで運転をする必要がありました。不便さでもあったかもしれませんが、それが運転をする楽しさにも繋がっていました。日常の運転でもの上手い、下手が分かりやすかったはずです。
それが今では軽自動車など小さい車でもアクセルを少し踏みたせば車が適切なギアを選んでくれるのは当然で、さらには、走りたい速度にセットすれば自分では何もしなくても設定した速度で走ることが出来るようになり楽にはなりました。
ただ、かつてあったような自分で車をコントロールしている、上手い、下手が分かりにくくなりました。
自分が好きになったタイミングと比べて性能の良さを認めつつもつまらないと感じているのと同じことを、スポーツでも感じているのではないでしょうか?
選手の能力の向上を活かし、そのスポーツの面白さを損なわないルールや環境の変化が必要なのかもしれませんね。